青D日記

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原風景について


僕は小学生の頃、少しだけスペックの高いのび太だった。

最近は「いや、実はのび太はかなり頭の良い人間だぜ」って言う人もいるけど
(まあ実際そういうタイトルの本が出版されるくらいだし)、
ここではそういう歪んだ視点は捨ててください。
のび太だったというより、のび太みたいな環境にいたと言う方が正しいのかな。

静ちゃんみたいな皆のヒロインは居なかったし、
スネ夫はスネ夫というよりスネ夫と出木杉を足して2で割ったやつだったし、
ジャイアンとは心の友になることはなかったし、
ドラえもんは無力だったけど。

それを除けば、僕の小学時代は概ねのび太のようなものだったと言って差し支えないと思う。

しかし、人間は個々人が主人公であるというのは全くその通りで。
スネ夫は出木杉要素が足されたが故に医学部の道を歩んでるし、
ジャイアンは中卒で仕事に出たし、
ドラえもんは日本人らしい生活を送ってるらしい。

ここで僕が小学時代をドラえもんに例えたのも、あくまでその時分を切り取って
「それっぽい」と言うだけしか出来ないんだよね。○○っぽいってだけで。特に意味のないレッテル貼りだったりする。

まあ話を戻すと、そんな少しだけスペックの高いのび太は
親の意向で塾に入れさせられ(勿論これには僕ののび太的要素が大いに働いて熾烈な抵抗を試みたものの、
親という環境の前ではのび太など余りに無力だった)、
2度の受験戦争を経て、社会のレールの上を歩いて行くことになる。


そうして大学生になったのび太は、ある時げんふうけい(http://fafoo.web.fc2.com/other.htm)
という物書きに出会い、原風景という単語を知り、原風景を想うようになった。


それは人には誰しもある、心の奥の原初の情景らしい。


僕にとってその原風景がドラえもん的環境だと言うのは、
ドラえもんが僕の原風景の切り取りに関わっているのか、
それとも僕が自分で切り取った環境にドラえもんを当てはめているのか。

まあそんな違いはどうでもいい。それが作られる過程なんてものに興味はない。
今話したいのは結果の話だ。

原風景を想うようになってから程なくして、どうしても小学時代よく遊んでいた場所に行きたいという衝動に駆られるようになった。
原風景には都会ではなく自然の情景が現れやすいとは聞いてたけど、
僕にとっての原風景もまさに自然の情景ってやつドンピシャリで、
田んぼがどこまでも続くところで皆で遊んでるというものだった。

実際に行ってみると、人の心象というものがどれだけ精神に影響を与えるか思い知らされたような気がする。

時間を超えて、小学時代の僕がそこに居るのにそこに居ない、そんな錯覚がして。
自分がこの10年あまりの時間の中に溶け込んでいく気がした。
濁った考え方とか、その全部が透過されていく感じ。
一言で言い表すのは難しいけど、リフレッシュってのがニュアンス的には近しいのかな。

ああ、僕はまだ生きてるんだなって、そう思った。


たまには原風景に立ち返ってみるのもいいものです。











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